北方領土問題とは?発端・歴史的観点・現在の状況を解説

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北方領土問題とは?発端・歴史的観点・現在の状況を解説

「北方領土問題」という言葉はニュースなどで一度は聞いたことがあると思います。しかし詳しい内容についてはよく知らない方もいるのではないでしょうか。

北方領土問題とは何かについて、発端や歴史的観点、現在の状況について解説します。

北方領土問題とは

北方領土問題とは
北方領土問題とは、「北方領土」と呼ばれる地域を、日本、ロシアどちらの領土とするかで両国が対立している問題のことです。

北方領土とは北海道の東にある、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島という4つの島の総称です。これらの島はまとめて「北方四島」とも呼ばれています。北方領土と北方四島は、地理的には同じ意味です。

北方領土は、かつて日本の領土としてロシア側も同意していました。しかし、第二次世界大戦末期にソ連が条約を破って侵攻し、北方領土を占拠してしまいました。

占拠状態は終戦から70年以上経った今も続いており、日本の領土でありながら事実上ロシアに支配されたままになっています。

北方領土問題についての日本の基本的な立場

北方領土問題についての日本の基本的な立場
「北方領土は日本人により開拓された土地で、昔も今も日本の領土である。よってロシアによる北方領土の支配は不法占拠である」というのが日本の北方領土に対する基本的な立場です。
実際、かつては「日露通好条約」という条約によって、「北方領土は日本の領土である」とロシアも同意していました。

日本はロシア側が北方領土の返還を認めれば、返還の時期などについては柔軟に対応するとしています。また現在北方領土にはロシア人が住んでいるので、そういった住民の人権や利益は返還後も十分尊重するとしています。

また日本政府は日本国民に対して、北方領土問題が解決するまでは北方領土に行かないように要請しています。
例えば、パスポートを使ってロシアに海外旅行するという形で北方領土に行ったとすると、北方領土がロシア領であることを暗に認めることになるからです。政府が北方領土は日本領だと主張している以上、矛盾する行為は国民にはしないでほしいということです。

北方領土にまつわる歴史的観点

北方領土にまつわる歴史的観点
北方領土が日本により開拓されたのは江戸時代の話です。北方領土問題を正しく理解するには、歴史的観点についても知っておく必要があります。

北方領土について日本、ロシア両国で初めて正式な合意がなされたのは、1855年に締結された日露通好条約です。「日露和親条約」「日魯通好条約」「下田条約」と呼ばれることもあります。

日露通好条約は江戸幕府とロシア帝国の間で結ばれた条約で、北方領土の一番北にある択捉島と、その北隣にあるロシアの「得撫(ウルップ)島」の間を国境と定めました。そして北海道の北にある樺太については、はっきりとした国境は定めないとしました。

しかし、国境が定まらない樺太をめぐり、日本とロシアは対立することになります。

解決策として1875年に締結されたのが「樺太・千島交換条約」です。これは樺太をロシア領とするかわりに、千島列島(北方領土とその北にある島々)を日本領とするというものです。

その後、日露戦争により樺太の一部が日本領になり、第二次世界大戦によって樺太と北千島(北方領土以外の千島列島の島々)が再びソ連領となりました。

終戦時と戦後の北方領土

樺太と千島列島をめぐり日本とロシアにはさまざまな争いがあったものの、北方領土に関しては日本の領土ということでずっと合意していました。

しかし、第二次世界大戦末期の1945年に、ソ連は北方領土に対する侵攻を行います。北方領土はソ連により占拠され、その状態は今でも続いています。

1951年に「サンフランシスコ講和条約」が締結され、樺太と北千島がロシアに返還されました。しかし、ソ連が条約に署名しなかったことや、この条約でいう千島列島が北方領土を含むかという解釈の問題など、さまざまな要因が北方領土問題を複雑にしています。

ソ連との国交回復後の北方領土

サンフランシスコ講和条約により正式に戦争状態が終結しましたが、ソ連はこの条約に署名しませんでした。そこで日本政府はソ連との戦争状態を終え国交を回復するため、1956年に「日ソ共同宣言」という条約を結びます。

日ソ共同宣言とは、北方領土問題が解決するまでソ連と平和条約を結ぶことはできないが、将来的に北方領土問題を解決して平和条約を結ぶことを目指して、いったん国交を正常化するという条約です。

日ソ共同宣言では、将来的に平和条約が締結されたあかつきには、歯舞群島と色丹島を日本に返還するという内容が盛り込まれています。

国交回復後の北方領土には依然としてロシア人が住んでいます。ロシアでは北方領土の住所はサハリン州であるとされ、住民の住所もサハリン州として扱われます。
一方で日本は北方領土を日本の領土であると主張しているため、日本での住所というのも存在します。

それぞれ北海道色丹郡、国後郡などといった住所が設定されており、日本国民はこれらの住所に本籍を置くことができます。
しかし、これらの住所は法律上では存在するものの、事実上日本の地方自治体としては機能していないのが現状です。

北方領土の「4島一括返還」へのこだわり

北方領土の「4島一括返還」へのこだわり
日ソ共同宣言では、歯舞群島と色丹島の返還について述べられていますが、これは逆に言うと、国後島と択捉島については平和条約締結後も返還しないという意味にもとれます。

しかし、日本は国後島と択捉島も含めた北方四島が日本の領土であるという立場を取っており、4つの島全てを返還する「4島一括返還」へのこだわりを見せています。

「2島先行返還」の可能性があった

4島一括返還へのこだわりを見せる一方で、まずは歯舞群島と色丹島の2島だけを返還してもらう「2島先行返還論」というのも根強く議論されています。かつては鈴木宗男議員などの働きかけによって、2島先行返還の可能性が模索されていました。

しかし2島のみを返還して北方領土問題を解決したいロシア側と、あくまで最終的には4島全ての返還を求める日本側とで意見が一致せず、実現には至っていません。

北方領土問題は日露首脳会談でも継続交渉されている

北方領土問題は日露首脳会談でも継続交渉されている
北方領土問題は現在も日露の主要な問題の一つで、日露首脳会談でも継続して交渉が行われています。日露首脳会談では北方領土問題を次の世代に先送りせず、安倍総理とプーチン大統領の手で必ず解決するという強い意志のもとで行われています。

2018年11月の日露首脳会談の流れを受け、続く2019年1月にも会談が行われました。日露首脳会談はこれで通算25回目です。
会談では北方領土問題の解決に向けて今後も前向きな議論を続けていくこと、北方領土の経済活動について両国が協力していくこと、北方領土から退去させられた元住民の日本人に対して人道的な措置をとることなどが話し合われました。

北方領土から退去させられた元住民の日本人に対しては、北方領土にある遺族のお墓を訪れて慰霊する「北方領土特別墓参」が定期的に実施されています。

現在も北方領土問題解決の兆しは見えていない

北方領土問題について日本とロシアは前向きな議論を続けているものの、残念ながら現在も解決の兆しは見えていません。

領土問題というのは、国家にとって難しい問題なのです。日露首脳会談での積極的な話し合いなど、解決へ向けた取り組みを今後も継続していくことが重要です。

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