チベット問題とは?簡単に内容や歴史、中国がなぜ侵略したのかを説明

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チベットと周辺国の地図

神秘的なイメージのあるチベット。

ダライ・ラマを中心とする独自の信仰がおこなわれている場所としても有名です。

しかし、近代のチベットは、決して平和とはいえません。

中国が侵略し、数十万人を超える死者が出ているのです。

チベット問題とは何かについて、詳しく解説します。

チベット問題とは

チベット自治区の位置を示す地図

チベットは政教一致の地域で、チベット人が信じるチベット仏教の指導者(ダライ・ラマ)が政治的な指導者も務めています。

18世紀の後半には、「清国がチベットの宗主国ではあるものの、内政はダライ・ラマが担う」という形になりましたが、「チベットはチベット人が治める地域である」という点には変化はありませんでした。

1913年には、チベットとイギリス、中国の三国間で、チベットはどこに帰属する地域なのかという点についての協議がおこなわれました。

チベットとイギリスは「チベットは独立国だ」と主張しましたが、中国はチベットの独立を認めず、話し合いは平行線をたどったまま終了しています。

中国共産党が政権をとり中華人民共和国を建国すると、チベットに対する武力介入は一層激しいものとなりました。

1951年には、チベットの一部地域を自治区として中国に強行的に併合し、国際的にも「チベット問題」として認識されるようになっています。

チベット住民への中国政府の弾圧

中国は単に「チベットは中国の領土だ」と主張しているだけではありません。

チベット住民に対して弾圧を加えるだけでなく、チベット人を虐殺しています。

中国政府による発表でも、30万人のチベット人を殺害したということになっていますので、実際の被害者は100万人を超えると推測されます。

ちなみに、チベット側の発表によると、元々の人口600万人に対して120万人が中国によって虐殺されており、いずれにしてもチベット人が極めて厳しい状況に置かれていることが分かります。

また、チベット民族にとって大切な宗教に対する弾圧行為もおこなわれています。

チベットには15万人を超える僧がいましたが、殺戮や弾圧によって1,500人ほどにまで数が減っています。

チベット仏教の宗教施設も破壊され、数千もの寺院のほとんどが使えない状態になってしまいました。

チベット側の抗議行動で焼身自殺が発生

チベットでは、ダライ・ラマが政治的にも宗教的にも人々の心の拠り所です。

しかし、中国では「ダライ・ラマは人々を扇動するテロリスト」とみなし、ダライ・ラマの写真を寺院以外に飾ることを認めていません。

身体的・精神的に追い詰められたチベット人は、年に何人もの人が焼身自殺をおこなうことで中国政府に対して抗議を表明しています。

1959年にはインドにチベット亡命政府(ガンデンポタン)を作り、大勢のチベット人がチベットからの逃亡を余儀なくされました。

現在でも、中国によるチベットへの侵攻と動乱は続き、殺害されるチベット人や収容所に幽閉されるチベット人、他の地域に亡命するチベット人は後を絶ちません。

チベット問題の歴史

チベット寺院

チベットに伝わる歴史では、紀元前の昔からチベットには王がいて、地域一帯を治めていたとされています。

7世紀に入るとチベットは統一国家になり、ソンツェン・ガンポ王などの強力な王が現れて、唐やネパールなどの近隣諸国との交流もおこなわれるようになりました。

以後も、チベット王やチベットの高僧、宗教的指導者は、中国やモンゴルなどの近隣諸国との交流を続けていたことが歴史的資料によりわかります。

たとえば、17世紀にダライ・ラマ5世がチベットの政治的・宗教的最高権威になると、中国(清朝・順治帝)もチベットを独立国として待遇し、ダライ・ラマ5世を国家代表として丁重にもてなした記録が残っています。

なぜ中国はチベットを自国の領土として支配しているのか

中華人民共和国の国旗

19世紀になるとイギリスがインドを侵略し、支配するようになります。

イギリスはインドに隣接するチベットにも介入するようになり、軍隊を駐留するなど、影響を及ぼすようになりました。

20世紀に入ると、同じくチベットに隣接する清朝が、チベットへのイギリスの影響力を駆逐する目的もあり、チベットを侵略して武力によって傘下に治めようとします。

しかし、1912年に清朝が滅亡したため、清朝側の占領軍はチベット撤退を余儀なくされ、1913年にはダライ・ラマ13世がチベット独立を宣言しました。

チベットが中国の領土である根拠は乏しい

紹介してきたように、長い歴史の中でチベットと中国の交流は続いてきたものの、支配・被支配の関係ではありませんでした。

そのため、チベットが中国の領土である根拠が乏しく、チベット人の蜂起は国際的にも「中国国内で起こった反乱」ではなく「中国の侵略行為に対する抵抗」と受け止められています。

20世紀に入り、イギリス等の他国がチベットに影響を及ぼすようになると、中国もチベットに関してより一層の権利を主張するようになりました。

1913年にチベットが独立宣言をおこなった後も、中国は継続的にチベットを侵略し、チベット人に対して殺戮や思想の弾圧を続けています。

中国にとってのチベットの魅力

チベットはインドと中国の国境にあるため、中国としてはインドとの国境問題の解決を有利に進めていくためにも、チベットを何としても自国の領土にしたいと考えています。

また、チベットは国土が広く、レアメタルなどの鉱物資源も豊富にある点も、中国にとっては大きな魅力です。

その他にも、核兵器生産工場や核廃棄物投棄場、中国人居住地としてチベットを利用し続けたいという思いも、中国がチベットにこだわる1つの原因とされています。

中国の支配に対するチベット側の主張

チベットから見ても、中国の支配は不当なもので、毎年多くのチベット人が抗議のために自殺や亡命をおこなっています。

1987年、ダライ・ラマ14世は、アメリカ議会でチベットの和平問題について次の5つを提唱しました。

<ダライ・ラマ14世による和平案>

  • チベットを平和地域とすること
  • 中国のチベットへの人口移動政策を注視すること
  • チベット人の人権と民主主義的自由を尊重すること
  • チベットで核兵器の生産や核廃棄物の投棄をおこなわないこと
  • チベットと中国が真剣に話し合うこと

チベット問題に対する国際社会の反応

ガラス製の地球儀

1989年、ダライ・ラマ14世はノーベル平和賞を受賞し、チベット問題が世界的にも注目されることになりました。

チベットが根拠なく中国から侵略を受けていることや大量虐殺の事実、現在もチベット人が思想的・宗教的な弾圧を受けていることなどが明るみになり、チベットに対する関心も高まっています。

しかし、中国側があくまでも国内の問題だと主張していること、また、ダライ・ラマ14世がチベットの独立ではなく高度の自治を望んでいることからも、チベット問題は容易に解決できない問題であるのも事実です。

チベットの犠牲に目を向けるだけでなく、今後のチベットの経済開発やインフラ整備、観光業などをトータルに配慮した解決が必要といえるでしょう。

チベット問題から中国・アジアの情勢を知ろう

広大な国、中国。

尖閣諸島をめぐる日本との領土問題だけでなく、インドやチベットなどとの問題も山積しています。

チベット問題だけでなく、中国・アジアの情勢を知ることは、日本を知ることでもあります。

まずは身近なことから国際問題に関心を持っていきましょう。
 
 
『チベット問題』以外にも、中国にはいくつかの国際問題があります。

次の記事もあわせてご覧ください。

台湾問題とは?歴史的・政治的な立ち位置や、世界・日本との関係性

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