台湾問題とは?歴史的・政治的な立ち位置や、世界・日本との関係性

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台湾(中華民国)の旗

台湾は独立国家なのか中国の一部なのか、はっきりと答えられる方はどれほどいるでしょうか。

台湾の立ち位置のあいまいさを「台湾問題」と呼び、今もなお、さまざまな混乱を生んでいます。

台湾問題について分かりやすくまとめました。

台湾問題とは

地図上で比較する中国と台湾

台湾問題とは、中華民国政府と中華人民共和国政府の2つの政府が、台湾の統治を主張している問題です。

中華民国政府とは、中国共産党に敗れた中国国民党が、台湾に逃れて1949年に作った政府です。

台北を首都とし、台湾本島と澎湖諸島(ほうこしょとう)、金門島(きんもんとう)、馬祖島(ばそとう)などの周辺の島々を領土としています。

一方、中華人民共和国政府とは中国共産党が作った政府で、北京を首都とし、中国本土や周辺諸島、香港などを領土としています。

中華人民共和国政府は「1つの中国」を主張しており、中国から分かれて作られた中華民国政府はもちろん、台湾の独立も認めていません。

しかし、台湾は新興工業経済地域(NIES)として高い経済力を身につけており、中国が台湾を独立国家として認めるかどうかにかかわらず、世界経済の中で存在感を発揮しています。

台湾はどこの領土?

台湾には古くからマレーポリネシア系の原住民族が住んでいました。

原住民族は部族ごとに分かれて暮らしていたため、台湾全域を治める国家は成立していませんでした。

その後、福建省や広東省などの人々が「地理的に近い」という理由から台湾に渡り、台湾で現在、「本省人(ほんしょうじん)=中国大陸から台湾に移住した人々や、その子孫の人々」と呼ばれています。

本省人が中国の文字や文化を持ち込んだこと、そして、中国(当時は清朝)が台湾を福建省の一部とみなしたことにより、台湾が中国の一部であった時期も短くはありません。

1949年、中国国民党が台湾に逃れて中華民国政府を作ったとき、中国国民党に関わる大勢の中国本土の人々も台湾に渡りました。

中国国民党は「台湾中華民国政府の領土だと主張していますが、清朝の時代から中国本土の中央政府(現・中華人民共和国政府)との関わりもあり、また、原住民の領土でもあり、単純にどこの領土とは言えない状態が続いているのが実際のところです。

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台湾を歴史から見よう

台湾の名物ランタン

台湾には太古の昔からマレーポリネシア系の人々が住んでいましたが、彼らは文字を持たなかったため、どのような歴史を刻んできたのかはあまり詳しくは分かっていません。

中国が元朝や明朝の時代に台湾を治めたという記録がありますが、いずれも澎湖諸島を支配しただけで、台湾本島までは支配が及びませんでした。

17世紀に入り、スペインとオランダが台湾を一時的に領有するようになると、茶葉などを育てるために大量の労働者を募集して、台湾本島に送り込むようになります。

労働者は主に福建省や広東省の中国本土の人々で、台湾の原住民族と結婚し、台湾に定住するようになりました。

その後、数々の反乱によりスペインやオランダの勢力は台湾から駆逐され、台湾は清朝の支配下に入ります。

最初は福建省の一部でしたが、1885年には国防上の観点から「台湾省」として省に昇格しました。

しかし、清朝が日清戦争に敗北すると、台湾の支配も転換期を迎えます。

1895年に締結した下関条約では「台湾は日本に割譲する」ことが定められていたため、台湾省はなくなり、日本政府の台湾総督府が置かれ、日本による支配が始まりました。

孫文による『中華民国』の建国

満州民族による支配に耐えかねていた漢民族の孫文は、1912年、中華民国の臨時大総統に就任し、南京を首都として中国国民党を作りました。

その後、新興勢力として、毛沢東などが率いる中国共産党が誕生します。

中国共産党はマルクス主義の影響を受け、国民党とは主義主張が大きく異なっていましたが、孫文は弾圧することなく両党は中華民国内で共存していました。

蒋介石『国民党』と毛沢東『共産党』の対立

孫文が亡くなると、蒋介石が中国国民党と中華民国を引き継ぎます。

蒋介石は毛沢東率いる共産党を弾圧するようになり、中国国内で両党の争いが内戦へと発展していきました。

中華民国の第一党である国民党ですが、戦争となると不利でした。

国民党は日清戦争の敗北からまだ完全に立ち直ったわけではなく疲弊していましたが、共産党はソビエト連邦(現在のロシア)から武器の支援を受けており軍事力が充分にあったのです。

台湾と中国の”分断”から現代

国民党は日に日に劣勢になり、日本による統治が終わっていた台湾に逃げ、中華民国の臨時政府を置きます。

臨時政府という形ではありましたが、現在に至るまで台湾には中華民国政府が存続しています。

また、共産党政権が統一した中国本土の中華人民共和国も、そのまま存続しています。

そのため、台湾は中国の一部ではなくなったという明確な転換点を持たないまま、中華人民共和国政府ではなく中華民国政府が治めているという二重政府状態の中にあるのです。

台湾への世界の対応

世界の国旗のミニチュア

台湾を独立国家として扱うと、台湾を独立国家として認めない中国大陸(中華人民共和国政府)から「内政干渉だ」と強い反発を受けます。

しかし、台湾を中国の一部として扱うと、台湾(中華民国政府)からは「台湾と中国は別の国だ」と反発を受けることになります。

そのため、諸外国としても、台湾をどのように扱うかにおいての正解が見つけられていないのが現状です。

たとえば世界保健機関(WHO)では台湾を「Chinese Taipei」(中華台北)と呼び、台湾が中国の一部なのかそれとも独立国家なのかをあいまいにしています。

世界貿易センター(WTO)やアジア太平洋経済協力(APEC)などの国際機関も、台湾をChinese Taipeiと呼ぶことが一般的です。

また、台湾を「Taipei,China」(台北中国)と呼ぶこともあります。

Chinese Taipeiと同様、台湾がどこに帰属しているかをあいまいにした呼び方で、台湾と中国から反発を受けないように配慮しています。

台湾への日本の対応

1952年、日本は台湾と「日華平和条約」(日台平和条約)を締結し、台湾を独立国家として承認しました。

しかし、1972年には、中国と「日中共同声明」を発し、中国との国交を樹立しただけでなく、台湾を中国の一部だと考える中国本土の主張を認める立場を取りました。

台湾政府は日本の態度に反発して断交し、現在は、日本と台湾は民間レベル以外の国交がない状態となっています。

台湾問題は歴史的・政治的に見ると状況がわかる

日本と台湾は外交的には断交状態にありますが、台湾からの観光客や留学生も多く、また、日本からも台湾に大勢の人々が観光や留学に訪れています。

仲良くなるためには相手の国の立場を知る必要があります。

不用意な発言をして相手を傷つけることがないように、正しく台湾と中国の歴史を学び、情報を取り入れておきましょう。

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