香港デモはなぜ起きた?理由・逃亡犯条例・雨傘運動等を簡潔に解説

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香港の夜景

2019年3月31日から、香港でデモが続いています。当初は1万人ほどでしたが、6月頃からは主催者側の発表では100万人を超える参加者に増えています。

香港デモはなぜ起こったのか、理由や主張についてまとめました。

なぜ香港デモは起きたのか?

クエスチョンマークが掌に持つ女性

香港デモとは、2019年逃亡犯条例改正案に反対するデモのことを指します。

2018年2月に台湾で被害者・容疑者ともに香港人の殺人事件が起こりましたが、台湾は逃亡犯条例が適用される国・地域ではなかったため、容疑者の身柄を台湾に引き渡すことができませんでした。

そこで、引き渡し対象となる国や地域を拡大した2019年逃亡犯条例改正案が提出されることになったのです。

しかし、2019年逃亡犯条例改正案では、新たに引き渡し対象となる国や地域として、台湾だけでなく中国も含まれていました。つまり、中国から罪に問われた香港人が強制的に中国に引き渡されるだけでなく、中国の法律で裁かれることも定めていたのです。

香港では中国政府の在り方に懐疑的な人が多く、香港に中国の支配が及ぶことを嫌悪する発言も少なくありません。そのため、香港が中国の一部になってしまうことを反対する香港人が集まり、香港全体を巻き込んだデモ活動へと発展していきました。

逃亡犯条例についてと撤廃までの流れ

元来、逃亡犯条例は20の国や地域を対象として適用されていました。これらの対象となる国や地域から香港人が罪を問われた場合、国や地域からの要請があれば、複雑な手続きを経なくても香港人の身柄を引き渡すことができます。

しかし、改正案では、中国を含む多くの国や地域からの要請があれば簡単に犯罪容疑者の身柄を引き渡せるということを定めていました。香港で活動する人々が中国から言論や活動を統制される可能性が高く、香港人の自由が拘束されることは想像に難くありません。国家規模でのデモが連日おこなわれ、10月23日には改正案の撤回が決定しました。

香港デモの主張:5大要求

元々は2019年逃亡犯条例改正案に抗議するために始まった香港デモでしたが、デモが長引くにつれ、改正案撤回以外の要求も含まれるようになっています。

デモで掲げられた5大要求は以下の通りです。

香港デモの5大要求
  1. 2019年逃亡犯条例改正案の撤回
  2. 香港デモにおける逮捕者の逮捕取り下げ
  3. 普通選挙の実現
  4. 裁判官をトップとする独立調査委員会の設置
  5. 香港デモを「暴動」と認定しないこと

最初の要求である2019年逃亡犯条例改正案の撤回は、10月23日に実現しています。しかし、ほかの4つの要求は実現していないため、香港では引き続きデモがおこなわれています。

なお、5番目の要求は、キャリー・ラム行政長官の発言に基づいているものです。
2019年6月13日までにデモによる負傷者が72人にのぼったことを受け、キャリー・ラム行政長官は香港のデモを「組織的な暴動」だと非難しました。しかし、デモ参加者は「暴動ではなく香港の民主化のための市民運動だ」と主張し、5大要求の1つにキャリー・ラム行政長官の発言撤回とデモの位置づけの再認識を掲げています。

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デモの背景を理解するには香港の歴史を知ろう

香港の灯かり

逃亡犯条例の改正案が提出されたことだけで、なぜこのように大規模なデモが起こったのでしょうか。デモの背景を理解するためには、香港の特殊な歴史を紐解く必要があります。

忘れてはならないのは、香港は150年以上もの長きにわたってイギリスの植民地であったという事実です。香港が1997年に中国に返還されることは1898年から決まっていたことですが、イギリスの民主主義の中で生活してきた人々にとっては、返還後に中国の社会主義体制になることや言論の自由が奪われることは恐怖でもあったのです。

また、香港はその立地を活かして貿易港として発展し、著しい経済成長を遂げています。しかし、1997年前後の中国は経済的な力が弱く、とりわけ香港の富裕層の間で「返還前に海外に移住しよう」という動きも見られました。

香港デモの背景1.一国二制度

民主主義を謳歌していた香港が、1997年7月1日以降いきなり中国の体制に取り込まれたのではありません。返還前の1984年に中国政府とイギリス政府が話し合い、返還後、香港は中国の一部になるが、最初の50年間は外交と国防以外では自治性を維持できることと決定しました。

つまり、香港は中国ではあるものの、中国と香港の2つの制度を持つ「一国二制度」が採用されることになったのです。現在、香港は「香港特別行政区」として、香港だけに適用される法律や権利が認められています。しかし、返還後徐々に自由が抑圧されていると指摘する香港人も多く、香港の自治性が失われつつあるのが現状です。

香港デモの背景2.雨傘運動

2014年、民主派の立候補者を実質的に香港行政長官の候補者から排除する選挙法を中国政府が決定したことを受けて、数万人規模の香港市民や学生、若者がデモをおこない、香港の繁華街を占拠しました。

警察はデモ隊を鎮圧するために催涙スプレーを用いましたが、市民はスプレーよけの雨傘を差してデモに参加したため、「雨傘運動」や「雨傘革命」と呼ばれるようになりました。

2019年の香港デモの5大要求の1つにも「普通選挙の実現」が掲げられていることからも分かりますように、香港では、市民が直接的に代表者を選ぶ普通選挙はおこなわれていません。

現在でも、香港の政治のトップである行政長官は、中国本土の政府から支持されている人物の中から選出されています。また、ほかの高官たちも少数の選挙委員会を通して選出されているため、純粋な意味で市民の代表者とは言えないのです。

香港デモに対する諸外国の反応

ネットワークでつながる世界のイメージ画

日本では香港のデモ関連の話題が連日報道されていますが、香港と関連の深いイギリスや、台湾などの周辺国でも大きなニュースとして取り上げられています。とりわけ近年、中国との貿易問題が深刻化しているアメリカでも、香港のデモについて大きく報道されています。

アメリカでは、香港デモを「中国の支配的な態度に反発する香港の市民運動」と捉え、デモに参加する香港市民を支持する政治家や市民が少なくありません。また、中国との貿易摩擦と絡め、香港市民を応援するコメントをSNS等で発信する人も多く見られています。

なぜ香港デモが起きたのかは歴史背景を知るとわかりやすい

半年以上も続く香港のデモは、香港人が香港人として生活したいという意思の表れとも見ることができます。雨傘運動から続く普通選挙の実現を要求する動きも、香港人が香港人の手で政治をしたいという気持ちから発生しています。

なぜ香港デモが起こっているのかを知るためには、デモの背景となる香港の歴史を知る必要があるのです。

香港デモの基盤のひとつとなっている民主化・民主主義については、こちらの記事にまとめられているので、あわせてご覧ください。
民主主義とは簡単にいうと?意味・対義語・仕組み・問題点を紹介

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